全体主義と民主主義2

前回、全体主義と民主主義のお話をしました。


もうすこし、この話を掘り下げます。


例えば、移民の例を出しましょう(1000万人かどうかは置いといて)


日本は、少子化でどんどん労働人口が減っていっています。


また、若者の人気の傾向もあって、

単純作業労働者(農業など)と、技術者(エンジニアなど)のなり手が将来ものすごく不足することが予想されています。

このまま労働人口が減ってしまうよりかは、
移民政策などをして外国人労働者で労働者不足を補うという
計画ができています。


さて。
とはいっても「外国人を大量に日本に入れる」というのは、
さまざまなデメリットがあります。


んで。
「絶対移民反対!」と言って「移民反対」以外の意見を一切受け付けないような人がネットには多くいます。
典型的な全体主義者ですね。
全体主義者にとって、「移民に反対すること」は唯一の絶対的な真理であり、
それ以外の一切の議論は「反日勢力による謀略」になります。
こういうこと言うと、全体主義者って、絶対にこう聞いてくんのね。
「じゃあお前は移民に賛成なのか?」
とか。


もしそう聞かれても、僕ははっきりとは答えられない。
というか、「賛成か反対か」なんていう一ビットの結論を重視するのは全体主義者だけだと思う。
だって、移民にメリットもデメリットもあるわけで。
そう簡単にハイハイ結論がでるほど簡単な問題じゃないよ。
全体主義者は結論を重視するが、民主主義者は結論に至るまでの理由を重視する。


仮に、Aと言う人が、
「移民にはデメリットが60あってメリットが50ある。」
と分析した結果、
「デメリットの方が大きいから反対」
と言ったとしよう。


また、Bと言う人が
「移民にはデメリットが40あってメリットが60あるから賛成」
と言ったとしよう
出てくる結論は、Aさんが「移民反対」でBさんが「移民賛成」である。


それを見て、全体主義者は、結論だけに注目して、
Aさんに「よし、合格!真実を分かっている!愛国者!」と褒めたたえるだろう。
また、Bさんには「チョンの手先!売国奴!日本から出て行け!」とあらん限りの罵詈雑言を浴びせるだろう。


でもさ、でもだよ。
しかしさ、


AさんとBさんに、本質的な違いってあるんだろうか?


例えばAさんの分析が甘くって、デメリットが40に下方修正されたとしよう。
そうすればAさんの意見は「反対」から「賛成」に変わることになる。
また、皆で知恵を出し合った結果、移民を受け入れなくても労働者不足を補える方法が判明したとしよう。
だったら、Bさんは移民反対に回るだろう。
「結論」なんて、そんなもんだ。
正直、「結論」なんて、刺身のツマみたいなもの。


重要なのは、
メリットとデメリットを十分に把握して分析できるか
いかにしてメリットを増やしてデメリットを減らすかを思いつける能力があるのか

であり、その結果出てきた結論なんて、正直に言ってしまえば副次的なものだと思う。
そして、僕には決定的にメリットを多くしてデメリットを減らす方法なんて思いつかない。
だから、一概に賛成だの反対だの言えない。



それが民主主義の心だと思う。




最後に付けたし。
「移民絶対に反対!賛成する奴は売国奴!」
っていきり立ってる人の中のある人に聞いてみた。
「じゃああなたは農業やるつもりなの?」って。
そしたらヤダって言うんだよね。
しかも将来結婚するつもりも子供も作らないつもりだって言うんだよね。
その上で、「日本は自給率を上げるべき!」とかほざくので笑ってしまいました。


ばかばかしくて話にならないよね、そういう奴らって。


言ってることとやってることの一致くらいさせろよ。
移民に反対なら、移民しかやりたがらないような仕事を進んでやれよ。
それができないんなら、せめて日本人三人は増やして立派に成人まで育てろよ。
アレも嫌、コレも嫌じゃガキのわがままなんだよ。
人生なめんな。


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