覚え書き(南京の真実)

以前、映画「南京の真実」に関して、
僕は



水島総さんが純粋に映画を作りたいために資金を集めている(東中野に騙されているほど頭が悪い)のか、それとも東中野とグルになって詐欺を働いているのかは判断がつかなかった。


と言いました。
その区別がついたので、まとめておきます。


南京の真実」の第一部は、「七人の死刑囚」という名目で、南京事件の責任を取らされて死刑に追い込まれた松井石根氏らの、最期の一日を描くというものでした。処刑時の教誨師で、彼らの死を看取った花山信勝が書き残した文章をもとに、再構成されています。


んで、松井石根氏は、花山氏に何を語ったかというと、こういう言葉(事実上の遺言)を残しているんですよね。





南京事件ではお恥しい限りです。


 南京入城の後、慰霊祭の時に、シナ人の死者も一しょにと私が申したところ、参謀長以下何も分らんから、日本軍の士気に関するでしょうといって、師団長はじめあんなことをしたのだ。


 私は日露戦争の時、大尉として従軍したが、その当時の師団長と、今度の師団長などを比べてみると、問題にならんほど悪いですね。日露戦争の時は、シナ人に対してはもちろんだが、ロシヤ人に対しても、俘虜の取扱い、その他よくいっていた。今度はそうはいかなかった。政府当局ではそう考えたわけではなかったろうが、武士道とか人道とかいう点では、当時とは全く変っておった。

 慰霊祭の直後、私は皆を集めて軍総司令官として泣いて怒った。その時は朝香宮もおられ、柳川中将も方面軍司令官だったが。折角皇威を輝かしたのに、あの兵の暴行によって一挙にしてそれを落してしまった、と。ところが、このことのあとで、みなが笑った。甚だしいのは、或る師団長の如きは「当り前ですよ」とさえいった。


 従って、私だけでもこういう結果になるということは、当時の軍人達に一人でも多く、深い反省を与えるという意味で大変に嬉しい。折角こうなったのだから、このまま往生したいと思っている」





南京事件は、松井氏が命令したわけではありません。彼に非があるとすれば、南京占領の最高責任者でありながら、暴虐な部下(中島今朝吾師団長など)をまとめることができなかった、命令系統をしっかり確保できなかったと言うことでしょう。
松井氏は、南京事件なんてこれっぽっちも望んでなんていなかった。
しかし、彼は南京占領の最高責任者であった。
だから裁かれた。
そのような不遇な身でありながら、最高責任者は自分だからと、自らの死を持って責任をとる、そういう意気込みだったんだと思います。(勝手な想像だけど)
まさに、サムライと言ってよいでしょう。


そして、映画「南京の真実」では、この松井氏の遺言が収録されているかというと、
完全に飛ばされてるんですね。


南京の真実」という、南京事件をテーマにしたノンフィクション


が、七人の中で唯一南京事件に関係のある死刑囚である松井石根氏の語った、
最期の南京事件に対する言葉をスルーしてるんです。
わざわざ「最期の一日を正確に描く」と銘打っておいて、最期に立ち会った人の記録をそのままセリフにしときながら、
肝心の南京事件について語った部分をカットしているんです。



なぜ?



考えられる可能性として、
1.脚本を書く段階で、気づかなかった
2.気づいたが、特に映画に必要でないと思い、省略した
3.自分の流すプロパガンダに都合が悪いとの意図により、わざと隠した。



これくらいがありえるでしょう。
1.は確実にない。資料をたどっていけば、絶対、あの文章に生きあたるはずだし、その前後の文は網羅してるんだから、水島氏が気づかなかったはずが無い。
2.もありえないでしょう。少なくても、映画見た人が、松井さんの遺言を知れば、まず間違いなく「なぜこの文章をスルーする?この映画は事実をねじ曲げる捏造映画なのか?」という疑念を抱くことは避けられないわけで、そんな訳の分からん省略をするはずがない。
残ったのは3.のみ。
「映画だけみて、何もウラとらずに愛国者きどってる満足してるパーだけ騙せればいいや」
っていう計算のもと、意図的に隠したのでしょう。


他に可能性があるっていうのなら、ぜひ教えてくれ。


これで分かったこと。
水島さんは、南京事件が事実だと知っている。知ってて愛国商売のために、映画を製作している。
東中野田中正明の同類である。
自らの愛国商売のために、自ら責任をとって見事な最期を遂げた英霊の意志を自分の商売のために踏みにじる、
正真正銘のクズである。


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