韓国はなぜ反日かと大東亜戦争

保育士の方のお話を聞く機会がありました。
その方は、「仕事、本当に楽しいんですよ〜」と生き生きと語ってらっしゃって、とても幸せそうでした。
不登校とか大学中退とかで悩んで、でも働きながら夜間に通って資格とって、やっとつかんだ天職らしい。
それを聞いて本当にいい人生を歩んでるんだな、と思いました。
その方の「石原都制になってからね、保育予算がどんどん切り捨てられて、私が通った夜間もなくなっちゃって…」
と語るちょっと寂しそうな目が印象的でした。
テレビの前で偉そうな事言っている「センセイ」方より、
国会で旗振ってガンバローって言っている運動家より、
こういう人の意見の方が百万倍も価値がある、そう思いました。


それは置いといて。
やはり韓国は「なぜ」反日かは未だに衰えない人気らしいです。
未だに、ブログや掲示板で絶賛の嵐です。
繰り返しますが、僕は、このサイトを非常によいサイトだと思っているから、反論も必要だな、と思っているわけで。
別に僕はホロン部でも在日でもありません。
れっきとした、誇るべき大和民族(笑)です。

ではいきます。

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アメリカ………ベトナム戦争ベトナム謝罪したことは一度もない。
イギリス……香港を植民地にしていたのに 謝罪したことは一度もない。

フランス……ベトナムアルジェリアを植民地にしてたが謝罪したことは一度もない。

オランダ……インドネシアを植民地にしてたが 謝罪したことは一度もない。

ポルトガル……マカオを何世紀にも渡り植民地にしてたが 謝罪したことは一度もない。

ドイツ………ナチの虐殺行為は認めたが、侵略を。 謝罪したことは一度もない。

ロシア………東欧諸国を戦後弾圧し続けてたが、民主化謝罪したことは一度もない。

スペイン……フィリピンを何世紀にも渡り植民地にしてたが 謝罪したことは一度もない。

中国………世界各地で昔も今も侵略と虐殺を続けてるが謝罪したことは一度もない。

北朝鮮………朝鮮戦争で韓国を侵略したことを謝罪したことは一度もない。

韓国…………朝鮮戦争北朝鮮を侵略したことを謝罪したことは一度もない。

日本…………全ての戦禍国何度も謝罪している。ついでに賠償までしている。


韓国には『泣く子は餅を一つ余計もらえる』ということわざがあるが…。
これでは日本が舐められるのも当然である。
(韓国は「なぜ」反日かより)
え〜この人は八幡製鉄所がどうして立ったか知らないんでしょうか?
日本の誇るべき小村寿太郎大先生がロシアに謝罪と賠償を求めたことは?
ドイツ帝国(1871〜)が普仏戦争でフランスからせしめた賠償金を国家設立予算にしたことは?
そもそも第二次世界大戦のきっかけは第一次世界大戦で負けたドイツが賠償金が払いきれなくて財政破綻したことがきっかけになったことは?
ドイツは分割統治のゴタゴタがあったが、ドイツ以外の枢軸国(イタリアなど)はとっくに謝罪と賠償をしていることは?
まあ、そういうことだ。賠償は決して、日本だけがしていることではない。


それから、このサイトでは、さも「日本は、ロシアの南下政策から自衛のために朝鮮を併合した
ということがさも当たり前のことのように言われているが、
(前も言ったとおり、ロシアが南下政策をとる前に日本は朝鮮に手を出している)
同じ理屈をロシアの方にも当てはめることができるということに気づいているだろうか?
つまり、日本は、「ロシアの南下の脅威に対抗するために自衛のために韓国を併合した」
という理屈が成り立つなら、当然のごとく
「ロシアが日本の北進の脅威に対抗するために韓国を併合することは正義の行動」
という理屈も成り立つわけである。
実際、ノモンハン事件が起きているわけだし、日本はシベリア出兵に列強の中で一番やる気を見せていたし、ドイツがソ連を侵攻したとき、日本が同盟国のドイツに対応して東からソ連を攻めることは十分にありえた。
実際にソ連を攻めなかったのは、ただ南に兵を割きたかった日本の都合だ。
第一、ロシアは不凍港を求めて南下した、というが、
日本を手に入れたところでロシアとは陸続きじゃないんだから日本に不凍港があっても何にもならない。
しかも、日本は海という自然の要塞があるから朝鮮が落とされてもすぐに侵略の脅威が高まるというわけではないが、ロシアと朝鮮は陸続きである。
ロシアと日本どちらかが朝鮮を取ったとき、日本がロシアを攻めるほうがロシアが日本を攻めるよりずっと簡単である。


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http://3.csx.jp/peachy/data/korea/korea3.html#gokai
ここで日本の戦争に関連してよく誤解されていることを簡単にまとめてみる。
(「韓国はなぜ反日か」より)
この部分で、このサイトのキモの一つである「大東亜戦争は正義の戦争だった」ということが語られるのだが、一つ一つみて行きたい。


【1】『日本が戦争をしかけたわけではない(侵略戦争ではない)』
 当時アメリカは日本を仮想敵国とする計画(オレンジ計画)があり、
 初めから先に手を出させるつもりで「ハル・ノート」という脅迫的な
 最後通牒を送っている。その内容は“日本がそれまで蓄積してきた
 海外権益を放棄せよ”という宣戦布告であり、日本は防衛のために
 戦わざるを得ず、日本の戦争が正当防衛であり侵略ではないことを
 戦後アメリカ自身が認めている。
(引用ここまで)
ええと…最初から飛ばしてんな…
まず、「仮想敵国」の意味知らないだろ。「仮想敵国」は、つまり「この国と戦争することになったらこうしよう」とするもので、「オレンジ計画」ってのは、アメリカが「もし日本と戦争することになったらこうしよう」とする「仮」のプランに過ぎない。
国際社会では、いつ戦争が起こるか分からないからこの国が敵国になったらどうしよう?と考えるのは、至極当然のことだ。
現に、日本だって中国や北朝鮮やロシアは仮想敵国だし、
当時のアメリカだってイギリスやらドイツやらを仮想敵国としてた。

ちなみに…

日本=オレンジ計画 
ロシア=パープル計画
イギリス=レッド計画 
フランス=ゴールド計画
ドイツ=ブラック計画 
メキシコ=グリーン計画

で、この中で第二次大戦でアメリカの味方になったのがどれだけあると思う?

それから、「ハルノート」は最後諜報じゃなくて、交渉の叩き台だってば。
日本の仏印進駐に激怒したアメリカが、日本との交渉で出されたあくまで「叩き台」に過ぎない。
真珠湾攻撃が日本の正当防衛というのなら、当然これから北朝鮮が日本に核落としても正当防衛だよな?
どちらも国際的無法→経済制裁→交渉決裂→先制攻撃
は変わらないわけだから。しかも、いつアメリカが日本の正当防衛だなんて認めたんだよ。



【2】『A級戦犯の“A級”とは犯罪の“ランク”ではない』
これはその通りである。戦犯のA,B,Cはイ、ロ、ハ、みたいな物で、ランクとは違う。
しかし、戦争犯罪として裁かれたのは日本だけ、というのは間違っている。
ニュルンベルク裁判があるだろう。
「平和に対する罪」で断罪されたのは、ドイツだって同じ事。ただ、ヒトラーは戦争が終わったときにはもう死んでたから裁かれなかっただけだ。


【3】『靖国参拝軍国主義の象徴ではない』
 「戦争を起こした張本人の位牌がある墓に行くのは軍傾化だ」と靖国批判
 する者がいるが、勉強不足の事実誤認である。まず靖国に位牌はないし、
 墓でもない。神器と戦没者名簿だけがあり、戦死者の魂が眠る場所で
 「二度と戦争はしない」と誓う場所。
(引用ここまで)
前にも言ったが、靖国神社を「二度と戦争はしない」と誓う場所なんていっているのは、
確実に靖国神社に行ったことがない奴だけである。ここでも見て下さい。
僕は、靖国を大事にする右翼の人を悪く言うつもりは全くない。
しかし、靖国に行った事すらないくせに偉そうに靖国について云々するネット右翼は大嫌いだ。


前も言ったのだが、「大東亜戦争は正しい戦争だった」ということと、「靖国神社は二度と戦争をしないと誓う場所」を同時に言うことは矛盾している。
大東亜戦争が正しい戦争だったなら、もう一度同じ状況になったらもう一度戦争を始める事が正しい行為なんだろ?
だったら「戦争をしない」なんて誓うな。
何でもかんでも、「日本が正しい」を基準に事実を変えようとしているから
自分の主張と自分の主張がごっつんこしちゃうんだ。
自分の国でも悪いことは悪いというのが本当の正しい姿だろ?
それを「愛国心が足りないことに発する行為」なんていうのは愛国心を完璧に勘違いしている。


ふと気になったのは、ネット右翼系のブログって、「俺は友達いない」
とか言っているの多くない?
(別にこのサイトの作者が友達いないだろう、って言ってるわけじゃなくて)
僕は少ないながらも友達はいる。
僕は「親友とは俺の欠点を五つ以上挙げることができて、それでも一緒に酒飲んでくれるやつ
って言葉に共感した。
「国を愛する心」ってのは、なんでもかんでも日本が正しかったことにすることじゃない。
悪いことに目をふさぐことじゃない。
そんな「愛」が欲しい人間はエロゲーでもやっていろ。
本当の「愛」は、悪いこともひっくるめて愛すること、そういうことだと思う。


【4】『日本は犯罪者ゆえに東京裁判で裁かれたわけではない』
 これも誤解が多いのだが、東京裁判では日本は「戦争を起こした張本人だから
 裁かれた」のではない。「戦争に負けたから公平に裁かれずに、罪を着せられた」
 のである。


ん〜と、これは間違いとはいえない気がするが、正確じゃないと思う。
日本は、「負けたから」罪を着せられたわけではなく、
ポツダム宣言を受諾したから」裁かれたのだ。
ポツダム宣言は10条で「戦争犯罪人は処罰しまーす」と言ってて、日本はそれを受諾したのだから、東京裁判に文句を言う資格は残念ながら無いのだ。


少し話はずれるが、東京裁判は勝者の敗者に対するリンチに過ぎない、というのは本当である。
その点、パール判事の言っていることは正しい。
しかし、 東京裁判が不当である ということと、大東亜戦争で日本が正しいことをした 、ということはイコールではない。
確かに日本は負けた。負けたから裁かれた。しかし、勝ち負けに関係なく、あのときの日本はまずかった。
正直な話、あの時代の日本の指導者は狂っていたと思う。
もし大東亜戦争で日本が勝ったとしても(ありえないけどな)、狂った政権が過ぎ去ってまともな政権が来ることがあれば、「あのときの指導者はよくなかったな」と言われていたはずだ。
スターリンは第二次大戦で勝ったが、結局20世紀で最悪の政治家の一人、ということになっている。
東京裁判は不当!→だから日本は正しい!というのはありえない。
パール判事も、(よく右翼に誤解されているが)東京裁判の不当性は繰り返し述べているが、
だからと言って日本が正しかった、と言っているわけではない。


色んな人の「証言」もふんだんにレトリックが使われていると思う。


1.マッカーサー元帥

 昭和25年10月トルーマン大統領に対して「東京裁判は誤りであった」と
 告白。さらに昭和26年に米国上院において「日本がおこなった戦争は
 正当防衛であり侵略戦争ではなかった」と公式に証言。

(韓国はなぜ反日かより)
面倒くさくなったので、丸投げする(ゴメンナサイ)
http://members.at.infoseek.co.jp/tou46/re_03_06.htm
まあ簡単に言うと、
マ「中国を封鎖しよう」
上「それってアメリカが日本にやったことと同じじゃん?」
マ「そうだよ」
↑こういうやり取りが、いつの間にか「マッカーサー日本が自衛戦争だった」って話に摩り替わっているのだと思われる。


他の人が、日本を褒めた、という話がたくさん出ているが、
僕はその人たちを知らないのでなんとも言えません。
ごめんなさい。
しかし、


日本が超党派北朝鮮金正日に会いに行ったとき、自民党民主党は深々とお辞儀をして、「偉大なる金正日様のお導きに〜」なんて言ってたけど、日本共産党はそんなこと意地でもしなかったぜ、へっへ〜

という文章を日本共産党2001年に出しています。2001年です。
共産党のような態度を自主独立の立派な態度ととるか、子供っぽい反抗心ととるかは人それぞれだと思いますが、何が言いたいかというと、
世の中には社交辞令というものがあるということです。

本心から言ったものも多分に含まれているでしょうから、あまり失礼なことは言いたくないですけど。


結論としては、おそらく、中国南北朝鮮以外のアジアで対日感情がいいのは事実だと思います。
それは、決して「日本は大東亜戦争のヒーローだから」という理由ではなく、戦後の真摯な態度によるものだと思います。
だから我々は戦後に生きる身として、「俺達は日本人なんだぜ、頭が高い、控えろ〜」とアジア諸国の人に接するのではなく、対日感情をもっとよくしていくために日本人として恥ずかしくない行動をしなければいけない。
謝罪と賠償をしろとっているのではなく)


フィリピンの歴史教科書では、
「日本はアメリカのフィリピン植民地支配を桂・タフト協定で認めやがった。
しかし、フィリピンの独立運動は盛んになって1935年に独立が認められた。
日本が攻めてこなければフィリピンは独立できたはずなんだ。
しかも日本の統治はアメリカに比べて酷かった。
その上日本は自分達の都合でフィリピンの一般住民に戦闘その他で多大な被害を与えやがった。
バターン死の行進で日本軍は捕虜虐待しまくった」
のようなことが書かれているそうである。
(実物見たわけじゃないけど)
これらは、政治的な目的があるわけでもなく、事実を記しただけだろう。
でもフィリピンがさほど(そこそこは反日だけど)反日でないのは、
決して「正しい歴史教育の結果」などではなく、戦後の態度からだと、そう思う。


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(後日追加)
確かにフィリピンは日米両軍の決戦場になった。これは事実だ。


だが、その日本軍の戦いが植民地支配からアジアを開放したことも、
その後の世界で白人とアジア人の身分の差をなくしたことも揺ぎ無い事実である。


フィリピンの“教育”は歴史の真実を正しく伝えた。それだけである。
(韓国は「なぜ」反日かより)
このSAPIOの記事が本当かは分かりませんが(SAPIOだからなあ)、少なくてもこれは犯罪的無知といっていいでしょう。
フィリピンはすでに独立運動の結果1934年のフィリピン独立法で10年後の独立が約束されていました。
日本がこない方が早く独立できたていたわけです。