とうとう遵法精神さえなくしてしまいましたか

僕は靖国神社が嫌いだし、今まで何度か反靖国神社エントリーをあげてきた。

しかし、いくら靖国神社が嫌いでも、法律は守らなければならない。

と言う訳で、台湾女性議員を告訴へ 靖国神社で過激デモ

この女性議員のやったことには、全く賛成できない。



仮にも神社の(靖国であろうと神社は神社だ)奥の間に土足であがりこみ相手に怪我を負わせるなんてこと
は全く支持しない。当然の話。



そんなわけで、

マジョリティにとって「黙殺しさえすれば勝ち」という状況でマイノリティにヌルい抗議しか許さないのは現状追認と同じ

↑こんなことを言っているのは、「キチガイのたわごと」としか思えない。



「抗議するにしても法は守れ」という主張は一見したところ(抗議者、抗議対象の思想信条に触れていないという点で)中立的に思えるかもしれない。しかしマジョリティとマイノリティの間にある非対称性を無視してそのような「中立」の立場を降りかざすならば、それは結局のところ現状維持への加担にしかならないだろう。



らしいが、なんでこういう奴らって、こんなにも民主主義が嫌いなんだろう?


日本は民主主義国家であり、民主主義とは、みんなの共感を多く集めた立場(要するにマジョリティ)が正義となる制度である。
こいつらは「マイノリティ=弱い=正しい」「マジョリティ=強い=悪い」のような一ビット脳で動いているが、
ただ民主主義が嫌いなだけじゃん、としか思えない。



靖国神社の例で言えば、日本人の九割が靖国神社を生理的に嫌い(それこそ存在自体を許さない)状態になれば、
靖国神社は消滅するだろう。
少なくとも今国から与えられているある種の特権は完全に消滅するだろう。


民主主義社会で、自分の意見を通したかったら、自分の意見を回りに広げて、共感を広げて、コンセンサスを取る、ようするに、マジョリティになるしかない。
キング牧師が偉いのは、彼がマイノリティだからではない。
ましてや、彼がマジョリティと戦ったからではない。


彼が偉いのは、マイノリティがマジョリティの共感を得るために活動したからだ。




「抗議するにしても法は守れ」と言う意見に反対するということは、つまり
マイノリティが「自分がマイノリティだから」という理由で法を破っていいということだろうか。
そんなものは、俺様正義の戯言である。
「正義のためならテロをする」と言った二・二六の青年将校連合赤軍と何も変わらない。
もっと言えば、遵法精神のある人間に「購入厨」なんてレッテルを貼って自分勝手な理屈を作って著作権違法を正当化するwinny野郎と何も変わらない。




アンケートとったわけじゃないから、僕のように
靖国神社は別に好きじゃないけど障害事件を起こす反靖国デモはもっと支持しない
という意見が日本の中で多数派なのかは分からない。
でも、たぶんまず間違いなく多数派(マジョリティ)だと思う。
そして、マジョリティとは、民主主義社会では、正義として扱われる。
皆の共感を得ないマイノリティは、ただの俺様正義の戯言として処理される。



「マイノリティがマジョリティに自分の意見を知ってもらう、自分の考えに共感を持ってもらう」
というデモ本来の目的を忘れたデモ行為なんて、ただのテロ行為に過ぎない。


「相手の嫌がることをやって喜ぶ」
「相手の大切にしているものを蔑んで相手が悲しむさまを見て楽しむ」
という鬼畜行為でしかない。



奴らが「このマジョリティめが!」とマジョリティを何か悪いことかのようにレッテルを貼ってきたら、こう返そう。


「ああ、おれはマジョリティだ!何か悪いか!」


民主主義社会においてマジョリティとは、何も悪いことではない。
「マジョリティの傲慢」なんて言葉は皆の共感が得られなかった俺様正義野郎の言う「お前の母ちゃんでべそ」と同じ意味である。





それにしても、マイノリティが自分の正義のために法を犯していいのなら、
例えば在特会朝鮮学校襲撃もOKになってしまわないんですかね?

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在特会はマジョリティだ!」なんていうのかな?
だとしたら在特会は日本人のコンセンサスを得ているというとんでもない結論に…